ストーン宣教師と沖縄

    校長  君島洋三郎

 昨年十月一日、ストーン記念館の落成感謝礼拝を行い、多くの方々の祈りと支援を実感しながら神に感謝をささげた。感謝礼拝の挨拶で、沖縄、コザ教会牧師、本校卒業の名嘉隆一後援会会長がA・R・ストーン宣教師の沖縄訪問に触れて感動的で洞察に満ちた話をされた。

 「ストーン宣教師は、この訪問に関する北米外国伝道局沖縄委員会主事宛の七月六日のレポートで、日本基督教団と沖縄キリスト教会との「合同」を示唆しています。この時期は沖縄での土地闘争の激動期の初期にあたり、沖縄キリスト教会に派遣されていた宣教師が土地間題に関わっていた時でもあり、ストーン宣教師も、当然のことながら、そのことに関心を示していたことでしょう。そのような沖縄状況・沖縄経験を踏まえたストーン宣教師の日本基督教団と沖縄キリスト教会(後に「沖縄キリスト教団」)の「合同」の示唆は、極めて興味深いものがあります。わたしは、ここに、ストーン宣教師の優れた預言者的感性を見ることができると思います。その資質は、伝道者にとって重要な要素であると考えます。」(「後援会だより」第七一号)

 戦後日本基督教団が沖縄を公式訪問したのは一九五三年六月で、小崎道雄総会議長、柏井光蔵総会副議長、それにストーン宣教師が加わった。

 日本基督教団は一九四五年に「教憲・教規」を制定したとき、九州教区のなかにあった沖縄支教区を消してしまった。しかし、沖縄のキリスト者は沖縄戦で廃墟となった中から立ち上がり独自に教会をつくっていった。

 五一年サンフランシスコ講和条約が調印され、沖縄はアメリカの施政権の下に置かれた。五三年には「土地収用令」が出され、強制土地収用で生活が脅かされていった。

 この年に教団は沖縄を公式訪問したのである。ストーン宣教師は「レポート」をアメリカ教会協議会外国伝道局の沖縄委員会宛てに出している。沖縄がアメリカの施政権下に置かれ、米軍基地が拡大し人々が土地を奪われていくという状況で、北米の教会が沖縄とどうかかわって行くのかが課題であった。八日間の滞在であったが、多くの市町村を訪ね、講演し人々の話を聞いた。サンフランシスコ講和条約が施行された沖縄で彼はカナダ人として北米からの宣教師として何を見、何を感じたのか。それは孤立する沖縄である。「レポート」のなかで「沖縄のキリスト者は世界から取り残されていると感じている」と言っている。日本は社会だけでなく教会も沖縄と沖縄の教会を切り捨てて戦後復興に向かっていった。沖縄では基地反対が大きなうねりになってきている。沖縄の教会にとって基地化によって土地といのちを奪うアメリカがパートナーであり得るのか、そうではない、日本の教会がパートナーになっていくのではないのか、ストーン宣教師は沖縄でこれを感じた。

 「沖縄の教会は日本の教会との緊密な関係を熱望している。牧師たちとの個人的な対話では、ほとんどの人が可能であれば日本基督教団の一教区になることを歓迎するとの意向を示した。・・・沖縄の教会が日本の教会に統合されることを、いまや明白に計画立案の段階であると考える。・・・沖縄の人々はたしかに自分たちを日本に属するものと考えている。彼らは集会でも祈祷でも、彼らの母国からの代表派遣を神に感謝している。」(日本基督教団宣教研究所教団史料編纂室『日本基督教団資料集』第三巻「第四篇沖縄キリスト教団の形成」三〇九ページからの翻訳引用)

 アメリカ基地の問題は「日本の教会と緊密な関係を熱望している」という表現をとらざるを得ない。また、日本基督教団の一教区になりたいとか日本の教会に統合されるという表現の中に、沖縄はアメリカではなく日本との関係のなかで生きるべきではないのかとストーン宣教師は感じた。沖縄の土を踏み人々に出会い、キリスト者と対話して、沖縄の教会は日本基督教団と問題や課題を分かち合い、人々が安全に生き将来を展望できる日本・沖縄になっていく、それを北米教会がサポートする。

両教会の合同をこの時点で示唆したことに、ストーン宣教師の時代を見る眼、時代を洞察する鋭さを感じる。今伝道者に必要なのは鬨を見分ける眼ではないだろうか。

 イエスは「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。」(マルコ十三・二十八)としっかりと時代を見るように勧めている。

 沖縄のキリスト者は日本基督教団の一教区となることを歓迎するというのは、日本基督教団への復帰を目指していたということではなく、米軍基地に囲まれて叫ぶ声、うめきではないだろうか。その叫びをストーン宣教師は聞き、日本教会はこれでよいのか、沖縄の人々とその地にある教会の声を聞きつつ自らの有り様をただしていくことではないのか、と我々に問うているように思う。

 沖縄でまたも少女が米兵に暴行された。米兵による悲惨な事件は後を絶たない。これを沖縄の問題としてはならない。我々の問題なのだ。この状況下で「合同のとらえ直し」はこれからも大きな課題であり続けなければならない。

農村伝道シンポジウム報告

            池迫 直人

  一月三〇日(水)農村伝道シンポジウムに、講師として田中洋一さんを招きました。主題は「農業・農民・教会」。農民・農村のおかれている状況から「農村伝道」への貴重な示唆をいただきました。お話しは、@個人史におけるキリスト教との出会い、A「印象に残る農村と米の推移」として農村が受けてきた影響について、B農村教会の状況、C奥羽教区における「農村伝道推進協議会」の紹介でした。

 @では、当時の一般的な農業に従った結果、田中さんは挫折感を深めていきました。そういうときに出会ったのがキリスト教でした。八郎潟教会、星野正興牧師などを通して故藤崎盛一の営んでおられた「立体農業」に出会ったことにより、営農上、決定的な転機を迎えられました。「立体農業」とは有畜で、樹木や果樹を取り入れたいろいろな作物を複合的に営む農法で、単一作目による化学肥料・農薬に依存した経営と対極をなすものだと言えます。それは、単に技術的な側面にとどまらず、精神的な価値観が本質的なものでありました。藤崎農園の生活には愛が根本にあった、と回想されていました。

 A農村社会の歴史を左右した農政について、とくに米不足を解消する目的で造られた大潟村の歴史についてふれられました。戦後以来、食糧の完全自給を目指してきた農政が'70年を機に減反政策に転換していきました。青刈りやヤミ米騒動など現在もそのしこりが残っています。都市の発展の背後に農村からの出稼ぎ労働があり、それを可能にした機械化があり、法的に推し進めたのが農業基本法でした。米の生産を支えてきた食糧管理制度も自由貿易の圧力により取り崩されました。現在、農政は大規模農業を奨励するとともに規制も厳しくかけてきます。規制に従わない農家は援助の対象から外すなど過酷な政策を進めています。

 B農村教会については、キリスト教会における農民、農に対する無理解があります。八郎潟教会では、都市と農村の教会の交流などを進めていくことによる収穫を上げられました。たとえば、八郎潟教会では、収穫感謝の礼拝を、農民にとって最も喜びが高まる稲刈り直前の九月に行なう。

お米の販売を通して都市の教会との宣教協力をもち、経済的な側面だけでなく、人的な交流が大きな意義を持っている。また韓国教会との交流は、農村教会としてアイデンティティを促し、今後に希望を持っていることなどがあります。

 C農村伝道推進協議会については、一九六九年に日本基督教団の機構改革が行なわれ、農村伝道委員会が廃されました。これにより奥羽教区でも農村伝道集会が失われたことに端を発しています。教会には農民の苦悩を分かち合う時間と場がありません。教会が担いきれてない農業の問題をとおして農民が自ら育んだ食材をもって集まり、作り、食べながら語り合い命を分かち合う、小さな「農村伝道推進協議会」の意義は極めて大きいのだと思います。   (教師)

中東教会から見える真実

            ―コプト教会史を通して―

                     村山 盛忠

一九〇〇年祭を迎えた教会

 エジプト滞在中の一九六八年、コプト教会は一九〇〇年祭を迎えました。式典参加の機会を与えられ、伝統と歴史の重みをひしひしと感じました。壇上には当時のコプト教会総主教キュリロス六世を中心に、ナセル大統領、エチオピア皇帝ハイレ・セラセをはじめ、国内外の教会・外交官代表が列席していました。   ニカイア、コンスタンティノポリス古代信条を生み出したのは、アレクサンドリア総主教座のコプト教会ですし、現在もこれらの信条を告白しています。なぜその教会が忘れ去られ、しかも「異端」としてキリスト教史から切り捨てられてきたのでしょうか。

国家が生んだ「異端」

 ローマ帝国はキリスト教徒勢力を無視できず、キリスト教を公認し国教としました。帝国の統一にはキリスト教を無視できなかったのです。さらに帝国の統一には、教会の一致が必須です。そのため皇帝が教会会議を招集したので

す。教会内からの一致要請もありましたが、皇帝による帝国統一が至上命令でした。

 教会会議の最初の三回は、アレクサンドリア総主教座コプトの教父達により主導されました。その後次第に帝都ローマとコンスタンティノポリス両総主教座が、帝都主教座の弱体化に危機感を覚え、帝都主教座の優位性を主張しはじめました。第四回のカルケドン会議は帝都主教座優位性を目的に開催された会議で、信条問題ではありません。帝国武装軍団並に西方の司教約六〇〇人が結集し、カルケドンに参加しています。

 その結果、コプト教会総主教は反皇帝派・反カルケドン派として追放され異端視されました。国家統一の障害として「異端」とされたのです。教会一致が、国家統一の構造の中で推進されたのです。この世との対話を求める一致ではありませんでした。教会一致の質が問われるのは、現在の「教団」も同じです。

反皇帝派教会(コプト)

 カルケドン後ローマ皇帝はコプト総主教座に皇帝派を任命しました(後のギリシャ正教会)。エジプト民衆は対抗して、自分達の総主教を選出します。カルケドン後エジプトには皇帝派と反皇帝派の二人の総主教が出現しました。「キリスト教辞典」(岩波)の皇帝派総主教名のみの掲載は、誠に残念です。

 ビザンティン帝国軍隊に守られ行政権も賦与れた皇帝派総主教は、コプト総主教を砂漠に追放し、弾圧と迫害を繰り返します。コプトの民族意識がより強度となっていくのは当然です。

 七世紀イスラーム進攻により、皇帝派から一〇年間「逃亡犯」として追跡されたコプト総主教ベンジャミン一世は宗教的自由を獲得し、教会堂並びに修道院再建時代を迎えました。

現代の視点から

 古代帝国支配下期から今日まで存続してきた中東教会の歴史を知ることは、現代のパレスチナやイラクの歴史の深層に出会う道でもあります。

 (昨年一二月特別講義より)

     (兵庫教会牧師)

農村伝道神学校にて講義をさせていただきました。

     埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科 大西 秀樹

 昨年、君島校長先生より講義の依頼があり、二〇〇七年一二月一三、一四の両日、「生と死の現場から見た心のケア」という講義を持たせていただきました。

 前回うかがったときは古い校舎でしたが、今回は新しい校舎でびっくり。自然の中にうまく溶け込んだ校舎、素晴らしい環境で勉強が出来ることは本当に良いことだなと思います。

 講義では私が精神科医として緩和ケア病棟、がん病棟で経験したことを中心にお話させていただきました。がんという「死」を連想させる病気に罹患し、不安と恐怖におびえている方々に対して適切な医療を提供し、回復のお手伝いをすることが私の仕事です。特殊な状況下で起きる精神の葛藤とも捉えられがちですが、この状況は人生のあらゆる場面で起きている事柄が極端な形をとって現れたものであり、全ての方々が学ばなければならないものであると考えています。これから牧師になろうとする学生の方々も、牧師になったとき、形は違えても同じような状況に必ず遭遇します。その際に少しでも思い出していただければ幸いです。

 残りの時間では学生さんたちと様々な話をし、私にとっても有意義な時間になりました。昼休みに無農薬栽培の農園でにんじん、大根、しいたけを収穫したことはよい思い出となりました。農業は人間生活の根幹を成すものですから、牧師になるための実習に農作業が含まれていることに農村伝道神学校の厚みを感じます。

 現代は生と死の問題はどちらかといえば脇に追いやられていた感もありますが、「千の風になって」が大流行したように私どもの心は生と死の問題を抜きにして語られるものではないことも明らかです。教会がその中で果たす役割は大きいものがあります。皆様の今後の活躍を期待すると共に、この地での教えが全国に広まることを秩父山脈の麓の病院からお祈りいたします。

  お知らせ

  

・第六十回農村伝道神学校入学式

 四月二日(水)午後一時三十分

 説教「子どもになろう」校長 君島洋三郎

・始業講演 四月三日(木)午後一時〜二時三十分

 「今日のキリスト教の課題―地方教区の経験から」

 滝沢貢講師(本校講師、川崎教会牧師)

・農村伝道神学校支援・廣野嗣雄オルガンコンサート 四月十二日(土)午後二時、信濃町教会

・農村伝道神学校神学科・保育科同窓会総会および研修会 六月九日(月)〜十一日(水)、会場 農村伝道神学校

 講演「フィレモンへの手紙に見るパウロの使徒的牧会」井上大衛講師(桜美林大学チャプレン)

 問い合わせ先 岩高澄(06・6327・8306)・安谷屋昭子(098・885・8725)

・農村伝道神学校創立六十周年記念礼拝 

 六月十日(火)午前十時三十分 農村伝道神学校礼拝堂 説教 國安敬二理事長

 出席希望者は事務室まで連絡ください。

学事報告

・神学校等の人権教育懇談会は十一月五日教団会議室で開かれ高柳教師が出席した。

・教団部落解放センター開所二十五周年記念会が十一月二十日信濃町教会で行われ君島校長が出席した。

・教団教師委員会が十一月二十日来校、教師会と懇談した。

・待降節礼拝 十二月五日、説教「子どものように」上村静講師

・集中講義

「中東のキリスト教」村山盛忠氏(兵庫教会牧師、十二月十一、十二日

 「生と死の現場から見た心のケア」大西秀樹氏(埼玉医科大学教授、十二月十三、十四日)

・農村伝道シンポジュウム 一月三十日、「農業・農民・教会」田中洋一氏(八郎潟教会員、キリスト教農村伝道推進協議会会長)

・集中講義 解放講座「部落解放」小柳伸顕氏(近江平安教会牧師、二月十二日〜十五日)

・第五十七回卒業式 三月四日に行い、一名が卒業した。説教「わたしはあなたを遣わす」井上大衛講師(桜美林大学チャプレン)
・第六十回入学式は四月二日に行う。入学者六名。

理事会評議員会報告

 昨秋以降のおもな議事は以下のとおり。

一、旧保育棟建て替え。

旧保育棟が老朽化していることから、幼稚園の全体像とあわせて幼稚園経営委員会に諮問したところ、建て替えを可及的速やかにおこなうことを提案するとの答申が出された。旧保育棟は神学校校地内にあり、また建物内には神学校の研究室があることから、これらを合わせて検討しなければならない。建て替えについては、第三回理事会・評議員会で発議される。

二、幼稚園職員採用。

職員増を協議し、一名の採用が決定した。なおこれに合わせて常務理事会は幼稚園経営委員会に対して鶴川シオン幼稚園の適正な職員体制を協議するように要請した。

三、幼稚園主事。

主事の人事が課題となっている。旧保育棟建て替え問題が浮上しており、この実務を担う必要があることから、慎重に検討している。

四、セクシャル・ハラスメント防止ガイドライン作成委員会により提案された原案を検討し、幼稚園教職員、学生会等の意見を受けたのちに、公表した。当初はセクシャル以外のハラスメントも考えていたが、作成にあたり難しい問題が多々あるため、取り急ぎセクシャルのみを明文化した。このための相談窓口を設置した。

五、学院人事懇談会

将来の責任を担う園長および校長をどのように選考するかなど、将来像を検討するために人事懇談会を設置した。

六、農村伝道神学校創立六〇周年記念。

同窓会総会・研修会が六月九日―一一日に神学校を会場に開催されるのにあわせ、一〇日(火)一〇時三〇分から創立記念礼拝をおこなう。説教は國安敬二理事長。

   (理事会書記 横野朝彦)

 神学校の授業を聴講しませんか

 農村伝道神学校では、学生が受講する講義を公開し、キリスト教の学びの場を提供しています。多摩の里山にある神学校は森に囲まれ豊かな自然があふれています。神学の学びだけでなく、自然の恵みを満喫することもできます。伝道者を目指す学生たちと一緒に森林浴をしながら学びをしませんか。

・聴講料

 (一科目)通年二万円(半 期一万円)

・「科目要綱」、「聴講願い」 を希望する方、また開講日 時など時間割の問い合わせ は事務室まで連絡ください。

・前期二○○八年四月八日

 (火)〜七月一一日(金)

・後期二○○八年九月三○日

 (火)〜年二○○九年一月二九日(木)

・聴講生は図書館を自由に利 用することができます。

聴講可能科目と担当者

農村伝道論(加藤久幸)

農業概論(池迫直人)

ハングル( 盧芝栄)

日本近現代史(武田利邦)

キリスト教概論(滝沢貢)

キリスト教教育(本田栄一)

教会音楽(小海基)

ヘブル語文法(高柳富夫)

旧約概論(牧野信次)

聖書時代史(旧約)(小林祥人)

旧約釈義(高柳富夫)

古代中世教会史(戸田聡)

日本キリスト教史(戒能信生)

アジア・キリスト教史(孫裕久/君島洋三郎)

教会史特講(相賀昇)

ギリシャ語文法(土居由美)

新約概論(吉田忍)

新約釈義(吉田忍)

新約神学(井上大衛)

説教学(牧野邦久)

牧会心理学(禿準一/大西秀樹)

実践神学特講(大倉一郎)

解放講座

性差別(平良愛香)

障がい者差別( 島しづ子)

教義学(下田洋一)